第1回 症例解析から始める実践薬物治療 報告会 要旨集
基調講演
[テーマ] 薬剤師が行う薬学的視点に基づく症例報告の取り組み方
[座 ⻑] 林 宏⾏(⽇本⼤学 薬学部)
[演 者] ⾼橋 雅弘(明治薬科⼤学 薬物治療学研究室)
薬剤師による症例報告は、個々の患者が有する医学的問題点と薬物に関連した問題点の解決を目標に、科学的根拠に基づいた客観的な薬物治療の評価を基盤にして行う。症例報告では薬剤師が実践した患者ケア内容をCollect、Assess、Plan、Implement、Follow-up の5 ステップの視点で系統的に説明する。すなわち、患者が抱える問題点を特定するための患者情報収集、問題点のリストアップと薬剤師による介入の優先順位づけ、問題点に対応する薬物治療が適切かどうかの評価、問題点を解決するための薬物治療計画の立案と実践、実践した薬物治療の効果と副作用のモニターと評価を、論理的かつ具体的に報告する。これらの中でも薬物治療評価は薬剤師による患者ケアステップの中でも特に重要度の高い項目と言え、薬物の適応症(indication)、有効性(effectiveness)、安全性(safety)、アドヒアランス(adherence)の4つの側面(IESA)から段階的に実施することで患者が有する問題点に適切に、なおかつ見逃しなく介入することができる。
本講演では、薬剤師ならではの視点に立ち、薬剤師の専門性を最大限に発揮した患者介入の結果としての症例報告を行うためのポイントを、模擬症例を交えながら概説する。
第1部 症例報告(1-3)
[座 ⻑] 越前 宏俊(明治薬科⼤学)
川瀬 祐⼦(株式会社トレジャー たから薬局)
症例1 感染症領域(1)
[テーマ] 系統的アプローチを用いた感染症治療への薬学的介入
[ 演 者 ] 花井 雄貴(東邦大学医療センター大森病院 薬剤部)
[ 要 旨 ]
感染症の患者さんに適切な薬物治療を実施するには、まずはその疾患の病態や病原体についての基本的な知識を有しておくことが必要です。また、抗菌薬の使用に際しては、患者さんの病歴や服用薬、検査値などの情報をもとに、総合的に判断することが重要となります。しかし、現在さまざまな感染症治療に関するガイドラインがありますが、通常、それらに記載されている抗菌薬の投与量や投与方法は、感染症治療に影響を与える肝機能や腎機能、年齢などのさまざまな因子を排除した、一定の条件下での臨床試験結果に基づいたものとなります。
しかしながら、多くの場合、目の前の患者さんは、臨床試験時には除外された何らかの要因を有しているのが現状だと思います。そのような患者では、生理機能や代謝機能の変化が抗菌薬の体内動態に変化をもたらしていることも多いため、それらを考慮した投与設計や薬物相互作用の予測・回避、副作用モニタリングなど、各患者さんへの抗菌薬治療の最適化が重要であり、薬剤師の果たす役割は大きいと考えます。一方で、感染症は関与すべき点が感染部位や病原体ごとに異なることから、薬学的介入に躊躇する薬剤師も多いのではないでしょうか。
そこで、本講演では感染症をテーマに、患者情報から薬物治療評価を行うために必要な客観的情報の抽出、病態の解釈を行い、薬学的視点から薬物治療計画を立案するためのエッセンスをご紹介します。
症例2 感染症領域(2)
[テーマ] バンコマイシンによる急性腎障害発症例に対するテイコプラニンの適用
[ 演 者 ] ⼩川 直紀(医療法⼈沖縄徳洲会 千葉⻄総合病院 薬剤科)
[ 要 旨 ]
患者は脳出血、高血圧を既往歴に持つ40歳代男性であり、リハビリ中に発熱し、セフメタゾールを使用開始していたが血液培養でE.faecalis陽性となった為、アンピシリン等を投与していた。アンピシリンで発疹が出現し疣贅も増大したことから感染性心内膜炎(IE)と診断され当院入院となった。
VCMでの保存的治療となり投与設計を行うが血中濃度が安定せず、治療域維持が困難であった。投与7日目から腎クリアランスが著しく低下した為、VCMによる急性腎障害(AKI)が疑われた。標準投与期間から腎保護も求められ、薬剤コスト、広域すぎない抗菌スペクトル、薬物動態の安定性、腎障害や血小板減少、偽膜性腸炎等の副作用リスクを考慮しテイコプラニン(TEIC)に変更した。1回600mgを基本とした高用量レジメンで負荷投与、維持量はトラフ値20~30μg/mLを目標に調節を行い腎クリアランスは改善傾向となった。変更後10日目には炎症反応は陰性化、解熱、疣贅も縮小し、6週間投与が可能となり軽快退院となった。
ペニシリン系アレルギーがあり、抗菌薬治療が長期間必要な場合は体内動態変化を特に注意してモニタリングする必要がある。TEICは主に腎臓から排泄される薬剤だが、血中濃度安定性はよく、腎障害はVCMより少ない報告がある。血中濃度モニタリングにより、効果・副作用バランスを考慮することが治療の成功につながったと考える。
症例3 感染症領域(3)
[テーマ] 敗血症性ショック患者に対する薬剤師の関わり ~薬物療法の適正化に向けて~
[ 演 者 ] 篠崎 浩司(地方独立行政法人東金九十九里地域医療センター 東千葉メディカルセンター 薬剤部)
[ 要 旨 ]
敗血症は、「感染症によって重篤な臓器障害が引き起こされる状態」と定義され、感染症により生体反応が制御できず、呼吸、循環、意識、凝固、肝臓、腎臓等の臓器障害を呈する状態を指す。また、敗血症性ショックは、「急性循環不全により、細胞障害および代謝異常が重度となり、ショックを伴わない敗血症と比べて死亡の危険性が高まる状態」と定義され、敗血症に急性循環不全を伴い、かつ細胞障害および代謝異常が重度となる状態を指す。敗血症性ショックの診断基準は、平均動脈圧 (MAP) 65 mmHg 以上を保つために輸液療法に加えてノルアドレナリン等の血管収縮薬を必要とし、かつ血中乳酸値 (Lac) 2 mmol/L を超える場合である。敗血症および敗血症性ショックの治療では、全身状態の管理に加え、適切な感染症の治療を行うことが重要である。
症例は 66 歳女性。呼吸苦を主訴に当院の救命救急センターに搬送され、肺炎による敗血症性ショック (来院時MAP55 mmHg,Lac4.4) の診断で、集中治療室にて挿管管理となった。本症例における、薬剤師の薬物療法への関わりについて、臓器系統別評価を基に紹介する。
第2部 症例報告(4-6)
[座 ⻑] 三原 潔(武蔵野⼤学 臨床薬学センター)
永井 尚美(武蔵野⼤学 薬学研究所)
症例4 ⾎液・消化器領域
[テーマ] ピロリ菌陽性の特発性血小板減少性紫斑病へのアプローチ
[ 演 者 ] 松本千明先⽣(⽇本⼤学医学部附属板橋病院 薬剤部)
[ 要 旨 ]
【 患 者 】 63歳,女性
【 主 訴 】 特記事項なし
【診断名】 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
【現病歴】 職場検診で Plt 8.1×104/μLの低下を指摘され来院
来院時も Plt 9.2×104/μLの低下が継続しており,ITPの診断となった。
【既往歴】 脳梗塞,慢性腰痛,高血圧
【家族歴】 特記事項なし
【社会歴】 無職,息子夫婦と同居
【生活歴】 機会飲酒,喫煙なし
【内服歴】 アムロジピン錠2.5mg,1日1回,1回1錠
ニセルゴリン錠5mg,1日3回,1回1錠
ロキソプロフェン錠60mg,1日2回,1回1錠
レバミピド錠100mg,1日2回,1回1錠
【アレルギー・副作用歴】 経口セフェム系抗生物質(約20年前):蕁麻疹
【血液検査】 WBC 4,900 /mm3,RBC 421×104/μL,Hb 13.6 g/dl,Ht 40.7%,Plt 9.2×104/μL,
AST 17 U/L,ALT 9 U/L,γ-GTP 13 IU/L,
BUN 18.4 mg/dl,Scr 0.54 mg/dl,
TP 6.7 g/dl,PAIgG 68 ng/107 cells,抗核抗体(-),H.pylori-IgG (+)
【身体所見】身長:160 cm,体重:55 kg,
バイタルサイン:体温 36.7℃,血圧135/80 mmHg,脈拍:60/分,
腹部正常,上腕に紫斑を認めたが,その他出血傾向を疑わせるエピソードはなし。
【Problem List】 #1,ITP(未治療)
#2,高血圧(アムロジピン)
#3,脳梗塞(ニセルゴリン)
#4,慢性腰痛(ロキソプロフェン,レバミピド)
症例5 循環器領域
[テーマ] 高血圧症例の外来治療における副作用発生への薬局薬剤師の介入事例
[ 演 者 ] 久保⽥ 洋⼦(⽇本薬科⼤学薬学部 社会薬学分野)
[ 要 旨 ]
平成 26年の薬剤師法25条の2の改定で、「必要な薬学的知見に基づく指導」が、平成28年の調剤報酬改定では、「かかりつけ薬剤師」の評価が加わるなど、薬局薬剤師には地域医療の担い手としての役割が明確化されている。今後各薬局での医薬品情報の収集・評価・加工が必須となり、添付文書や関連する資料の活用とその管理が急務である。そこで、以下の来局者(患者)の副作用に関する相談事例から、医薬品情報源とその課題を考える。
【患者基本情報】
【患者】50代女性。職場の健康診断で高血圧症の診断、近医通院中。
【検査値】収縮期血圧/拡張期血圧 160/90 mmHg
【処方歴(薬歴)・病歴・副作用歴・アレルギー歴】なし
【併用薬・OTC医薬品・サプリメント・健康食品等】なし
【処方薬】オルメサルタンメドキソミル10mg、1日1回1錠、朝食後、14日分処方。
【主訴、経過】
オルメサルタンメドキソミルの服用開始後、数日経った頃より、チーズ様の体臭が気になるようになった、と来局相談があった。血圧は改善(120/70 mmHg)していた。
上記の症例より、外来婦人科受診時の入退院前後の既往症に対する薬学的管理指導および、看護師との情報共有および医師との処方設計について検討する。
症例6 精神・神経疾患領域
[テーマ] 神経・精神疾患症例の薬物治療で注意する点をもう一度考える
[演 者] ⼭本 将太(京都⼤学病院 薬剤部)
[ 要 約 ]
日常的に遭遇するうつ病の薬物治療を考える上で重要な病態評価のポイント、標準的な 薬物治療と患者固有の要因(臓器障害の合併、併用薬、年齢、過敏症等)による個別化に おける薬剤師の関与 。
[ 要 旨 ]
うつ病患者は近年増加しており、その生涯有病率は6.5%とされている。日本うつ病学会治療ガイドラインにおいて、うつ病の薬物治療は、抗うつ薬単剤による十分量、十分期間の服用が基本であると記載されている。また、必要に応じてベンゾジアゼピン受容体作動薬の併用や、増強療法として気分安定薬や抗精神病薬などの併用が行われている。治療目標は、症状の軽快に加えて、家庭・学校・職場における「病前の適応状態」に戻ることである。
介入すべきポイントは、症状の重症度に応じた標準治療薬の導入または変更の提案、低腎機能・肝機能症例に対する処方支援、使用薬剤の身体合併症への影響、併用薬との薬物間相互作用の回避、抑うつ症状を起こす可能性のある薬剤の抽出、自殺の可能性の確認など多岐にわたり、薬剤師はうつ病の病態と治療薬ごとの特徴を正しく理解することが求められる。さらに、服薬アドヒアランスの維持が治療効果を高めるためには重要であるが、うつ病による服薬意欲の低下や副作用症状がアドヒアランス低下の原因となることも少なくないため、他の疾患以上に特に注意深く、継続的に服薬状況の確認や副作用モニタリングを行うことが大切である。
薬物療法が治療相(急性期・導入期、回復期・維持期)に応じて適切に行われるために、個々の薬剤に対する理解を深めるだけでなく、常に患者の立場に立ち一緒に治療を行っていくことの重要性についても解説する。